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特集>世にあるブラック企業の定義とは?

2chの就活板でヤリ玉に上がって来る企業として名高いのが
京セラ。その扱いも、ズバリ「ブラック企業」と言う内容。

前身の京都セラミツク株式会社を創業した稲盛和夫氏を崇
拝し、徹底した思想教育をする点では、ほぼ宗教化してい
ると揶揄する声もあるほど。「狂徒セラミック」と呼ぶに
は、それなりの理由があったと言うわけ。一方、稲盛氏は
経営再建中の日本航空を復興すべく、会長として手腕を発
揮しています。→プロフィール(京セラ)

さて・・・

京セラ社員の平均年収が700万円台だったのは過去の話で、
不景気の波はここにも及んでいます。「年収ラボ」のデー
タを見る限りでは、厳しい現実を痛感させられます。
京セラ(年収ラボ)

上記によると、社員の平均年齢は39.2歳で平均勤続年数
が15.4年、従業員数は14,179人となっています(データ
は平成22年3月末現在)。気になる平均年収は5,749,041
円で、売り上げ高は一兆円台に突入する大手企業です。

良くも悪くも京セラの名前を知らない人はいません。PC
の漢字変換ですら「きょうせら」と入力すると「京セラ」
として一発変換が出来るぐらいです。稲盛氏の実績はネッ
トで調べると山のように出て来るのですが、何とマンガ
でも紹介されています。印刷も可能という徹底ぶりです。
稲盛和夫ものがたり(京セラ)

生活を豊かにするための製品作りを目指してきた京セラ
ですが、この辺の思想はパナソニックなどの老舗企業に
も共通して見られるものであり、高度経済成長期に名を
はせた会社の宿命のようなものを感じます。貧しかった
時代、多くの企業家が日本の将来を憂えていた事は事実
です。

・・・

ここで、ブラック企業の京セラを率いている稲盛氏につ
いて、マンガの中身を参考に書いて見たいと思います。

稲盛氏は少年時代に宗教と恩師に出会い、希望する進路
を目指しますが挫折を繰り返し、何とか地元の大学へ進
学しています。勉強が苦手だった稲盛氏は、人の何倍も
勉強したとか。大学を卒業し、就職難の中やっと見つけ
た潰れかけの会社が、今後の運命を左右する事になろう
とは思ってもいなかった様です。

やっとの思いで就職した会社は経営が厳しく、寮はあば
ら家でオーナー一族が内紛を起こすなど散々な状況でし
た。次第に不満を持った同期たちが次々と退社して行く
中、稲盛氏も自衛隊への転向を画策します。しかし、実
兄から叱られて計画は頓挫、一人残った氏はファインセ
ラミックスの開発へ必死に従事して成果を上げて行きま
す。そして、ここである事に気付くのです。

「一生懸命にやる」→「うまく行く」→「ほめられる」
→「仕事が楽しくなる」→「もっとがんばる」→「もっ
とうまく行く」

この繰り返しが人生には必要だと言う事で、後の経営哲
学にも深く根ざして行く事になります。

当時入社していた「松風(しょうふう)工業」は、碍子
を製造する企業で、製品は主に高圧線の支持材として使
われていました。しかし、名古屋の同業者と競争で負け
てしまい、給与の遅配が続くまでに没落。生き残りを賭
けて新製品の開発を急いでいたのです。

昭和31年、稲盛氏がまだ24歳半ばの頃、新素材のフォル
ステライトを日本で始めて開発したものの、後継の製品
開発に苦慮していた氏は、後で配属された上司と対立し
て退社。収益を上げていた部署で中心的な活躍をしてい
た氏は、この際に仲間を引き連れて企業し、これが現在
の京セラとなって行きます。

賛同者の支援を受けながら企業した後、難関であったIBM
からの仕事をやり遂げ、世に京都の会社を知らしめる事に
成功。やがて社長に就任した氏は、創業12年で大証に上場
した後も精力的に活動を続け、オイルショックによる教訓
からジャパン・ソーラー・エナジーを日米の5社で設立。

太陽電池の開発を推進するも、開発は難航。それでも諦め
ずに開発を続けた結果、有数のメーカーとして存在を確立
する様になりました。平成5年には、日本で始めて住宅向け
の太陽電池を発売しています。

もう一つ、稲盛氏が成した仕事で知られているのは、巨費
を投じて開始した電話通信事業があります。通信事業の自
由化が第二電電(現・KDDI)の創業を後押しした形ですが、
当時は葛藤もあった様です。私心と言う欲に囚われていな
いか自問自答し、それでも国民生活に資すると言う事で決
断をしたと言われています。

その後、私財200億円を投じて財団を設立し京都賞を創設。
優秀な芸術家や研究者らを毎年表彰しています。

さて・・・

稲盛氏の考え方にはいろんな諸説があるので、ここでは
マンガの最後で述べられている事を引用して紹介します。

「幸福も試練も神様が与えてくれた試練である」
「幸運は感謝の気持ちで受け止め、慢心せずに努力をする」
「災難を嘆かず、恨まず、腐らず、ねたまないこと」
「愚痴をこぼさずに、明るく前向きに努力を続ける」
「心の中に善き思いを描き続ける」
「正しい考えで努力を続ければ、夢は必ず実現する」

と、ここまで稲盛氏の人柄と実績をかいつまんで書いて見
たのですが・・・これが一歩間違うとブラック企業の先導
者だと評されてしまうから不思議な話。

幼少の頃「三時間泣き」の異名を取ったほどの泣き虫だっ
た稲盛氏は、苦難を乗り越えながら大成功を納めるほどに
大成しました。その背後には、恩師の存在や家族の支え、
多くの仲間達の支えがあったからだそうです。叱ってくれ
る人、褒めてくれる人、付いて来てくれる人・・・そうし
た大勢の人々が稲盛氏の業績を支えているそうです。

ところで、人身掌握術について稲盛氏が述べた分かり易い
記事がありましたので、参考までに引用してみます。
ニッポンの社長

(記事より一部引用)
―小さい頃の稲盛名誉会長は、どのような少年でしたか。

両親の話では、子供の頃の私は明るく活発で、親戚などが
集まる場ではみんなを笑わせたりするような子供だったよ
うです。そのいっぽうで、近所でも有名な甘ったれの泣き
虫で、一度泣き出したらなかなか止まず、「三時間泣き」
とあだ名されるほどでした。そのように根が内弁慶で臆病
なものですから、小学校に入学しても、最初の頃は母親が
ついてきてくれなければ学校にも行けませんでした。

それでも、何年か経つ内に学校の生活にも慣れ、だんだん
ガキ大将ぶりを発揮するようになりました。せいぜい中派
閥のボス程度でしたが、当時の私にとっては、成績の良し
悪しよりも、どうやってグループを掌握するかが最大の関
心事だったのです。

卑怯なところを見せればすぐに子分たちから見放されてし
まいますから、負けると分かっている喧嘩もしなければな
りません。また、ただ腕っ節が強いだけでもだめで、おや
つを配ったりといろいろ気遣いも要ります。思えば、この
頃から、遊びを通じて、集団を率いるためにはどうあらね
ばならないかを、少しずつ学んでいたような気がします。
(引用ここまで)

また、創業時のエピソードとして前述のマンガの中では登
場しなかった場面についても、自ら紹介しています。

(一部引用)
しかし、会社が始まってまもなく、新人社員11人が私に団
交を申し入れてきました。連判を押した書状を持ってきて、
給料やボーナスを向こう何年にわたって保証してほしい、
それぞれ約束してくれなかったら会社を辞める、と言って
きたのです。この事件は私に「会社の目的とは何か」とい
うことを考えるきっかけを与えてくれました。企業経営の
目的とは、技術屋の夢を実現することではない、現在はも
ちろん、社員やその家族の生活を守っていくことにあるの
だと、私はこのとき初めて気づいたのです。

まもなく私は、京セラの目的を「全従業員の物心両面の幸
福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献する
こと」としました。この言葉はそのまま京セラの経営理念
となっています。
(引用ここまで)

稲盛氏は上記の記事の中で、両親の影響を強く受けたと述
懐しています。父親は真面目で几帳面、慎重であるが故に
借金を恐れていたそうです。これは後の経営哲学にも、し
っかりと受け継がれているそうです。母親については快活
な人だったと述べるなど、逆境に強い血筋であることを認
めています。

そして、稲盛氏にとって重要なのが善悪の観念であります。

(記事より一部引用)
京セラを始めた頃、経営の経験も知識もなかった私は、あら
ゆる判断基準をこの両親から教わった「人としてやっていい
こと」ということに置いてきました。「人間として正しいこ
とを正しいままに貫く」、これだけで私は京セラを経営して
きたと言っても過言ではありませんし、それでいままで間違
いはなかったと思っています。

また、京セラの社是となっている「敬天愛人」は、私の郷里
である鹿児島の偉人、西郷隆盛の言葉です。この西郷隆盛の
人となり、生き方、考え方も、私に大きな影響を与えていま
す。
(引用ここまで)

稲盛氏の語録を紐解くと、様々な思いを見る事が出来ます。
例えば、人を動かすには「公平無私」である事が大切だし、
情熱とは24時間そのこと(成功させようとする意思や熱意)
を考え続ける事なんだと諭しています。失敗するのは口実
を作って努力を止めてしまうからだとも述べていますね。

しかし、ここまでの人物が率いる会社が、今ではネット検索
で上位を占めるほどのブラック企業だと言うのですから困り
ます。具体的にどの辺がブラック企業なのかと言うと・・・
(ソースは2ch他、原文は私が適当にいじってあります。)

*軍歌の様な社歌が、毎朝大音量で放送される。
*軍隊を彷彿とさせる朝礼が苦痛だ。
*朝礼で体がゆらゆら揺れているという理由でビンタ。
*稲盛氏の本を買わせる。
*稲盛氏の本を読ませて、感想を述べさせる。
*ここのキモさは朝礼と研修と人事評価にある。
*KCCSや工場だと北朝鮮だから、脱北をお奨めする。
*忠誠心の指標として入墓依願書が存在する・・・?
*社内の運動会は、練習も本番も半端じゃないらしい。
*とにかく会社に染まらないと、生き残れないらしい。
*新卒入社組は、徹底的に思想を叩き込まれる。
*フィロソフィ研修が三ヶ月に1回あり異論は認めない。
*毎朝の輪読と各種研修で繰り返し洗脳して行く。
*稲盛=教祖、稲盛本=経典、研修=洗脳
*とにかく、工場だけは・・・orz
*2年で退職→鬱病を発症し引きこもり生活へ。
*休日でも運動会や組合行事に強制参加させられる。
*始業前の毎朝15分、決められた区画の掃除をする。
*事業所によって、下記の様な行事が存在する。
 期初コンパ、新歓コンパ、全スポ&支部スポ、組合
 レクリエーション、組合講演会、夏季レクリエーシ
 ョン、夏祭り、運動会、環境報告書を読む会、サン
 ガ観戦、フィロ論文、賀詞交換会、部署レクリエー
 ション、地域清掃活動、フォーラム、マラソン、ス
 ポーツ応援、各種検定会、etc・・・。
*行事に参加しない者は査定に響くので、断りにくい。
*大学で幸せ過ぎた人は、入社後の落差に悩む。
*コンパで肩組んで社歌を絶唱する。

そして、これに対する反応がこんな感じ(ソースは2ch)。

*次第に慣れるから心配するな。
*どこの会社でも同じだろ。俺のところなんか・・・orz
*それぐらいで、いちいちブラックとか言うな。
*不景気なんだからがんばれ、我慢しろ。
*この時勢で雇用維持を宣言している点は評価。
*技術系なら、サービス残業はほとんどない。
*本社の社風はだいぶマシ、横浜はだらけすぎ、工場は orz

こうなって来ると、付いて来られない者が悪いと言う話にも
なるのでしょうが、どうしてここまで徹底しているのか考え
るに、結論として下記の語録へと行き着きます。この際限の
無さが、企業のブラック化を招いているのかもしれません。

(稲盛氏の語録より)
努力には限度がない。限度のない努力は本人が驚くような偉
大なことを達成させるものである。そのためには自分の中に
ある既成概念を壊さなければならない。壁を破り、一線を越
えることによって、成功に至る。この壁を突破したという自
信が、さらに大きな成功へと導いてくれる。
(引用ここまで)

限度が無いのだから、「無理だ」と言う言葉が通用しないの
は当たり前ですね。ただ、支配されること、あるいは傾倒す
ることに快感を覚えられる人なら、こうした中で大成して行
く可能性はあると思います。要は、会社の提示する思想にど
こまで染まる事が出来るのか、これが最も重要な鍵を握って
いるのです。

自由に自主的に考えさせる様見せかけておきながら、実際は
社畜にしっかりと染め上げて行く・・・そして、異論・反論
は一切認めない。サラリーで生きていく者にとって、会社と
は一体何なのだろうと考えさせられます。まあ、世の経営者
にとっては、京セラの方が理想郷に見えるのでしょうね。

「利益がお金に見えた瞬間、経営者は堕落を始めるのだと思
う。」とは稲盛氏の弁。我欲よりも技術と努力に忠実であり、
「負けん気」だけは旺盛だった稲盛氏。その人柄と技術に惚
れた人々がいたからこそ、現在の会社があるんですね。

でも、2chの皆さんはブラック企業と認定していますw 下請
けや外注で仕事をしている人も、人の扱い方に憤慨している
と言う話を聞くことがあります。アメーバ経営の功罪をここ
で論じるスペースはもうありませんが、ブラック企業の定義
は多くの会社に当てはまると思います。それだけ、稲盛氏の
経営哲学が強い影響力を持っていると言う事でしょうか。

社畜になると幸せになれるのだとしたら、なれない人は社会
人不適格者なのだろうか?いや、そうした人達は自分で起業
するだろうなあ。(しなければモグリの社畜になるだけw)
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