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特集>医療費の増大と終末医療の在り方

麻生氏「さっさと死ねるように」 高齢者医療で(共同通信)

(記事より一部引用)
麻生太郎副総理は21日の社会保障制度改革国民会議で、高齢者など
終末期の高額医療費に関し「死にたいと思っても生きられる。政府の
金で(高額医療を)やってもらっていると思うと寝覚めが悪い。さっ
さと死ねるようにしてもらわないとかなわない」と述べた。
(引用ここまで)

これ、言葉だけを切り取って「さっさと死ねるようにしてもらわない
とかなわない」と記事にしたら、相当な暴言として扱われたはず。

「高額医療を下げて、そのあと残存生命期間が何カ月か。それに
かける金が月に何千万円か、現実を厚生労働省も知っている」との
発言もあったそうですが、重い財政負担を嘆いての発言だと思われ
ます。

しかし、生きるか死ぬかの瀬戸際において、「死」あるいは寿命が
「縮むかもしれない」と言う選択肢を選べる人がどれだけいるのか
疑問です。

人工透析の様に受けないと必ず死んでしまう様な高度医療の場合、
終末医療と違うのはトータルの費用に差が出てくる事です。週二回
の人工透析を受けると月の費用は40万円程度になりますが、実際
の自己負担は2万円程度です。これが全額負担にでもなれば、死者
が続出します。

私の叔父は60歳で人工透析になりました。82歳で亡くなるまでの
長きに渡り医療機関のお世話になっています。これだけの長い間
透析を受けてきた人は珍しいそうですね。そして、その間に投じ
られた医療費は莫大なものであったはずなのですが、ほとんどを
保険や医療費の補助で賄っていました。税金による支援が無ければ、
叔父はとっくにこの世を去っていたわけです。

助かる方法がある、あるいは延命になる方法があると分かっていた
ら、それにすがりたくなるのは人情でしょう。他人から税金の無駄
だから死ねと言われて、死ぬのだけは勘弁して貰いたいものです。

仮に生活習慣病が祟って、糖尿病性腎症になれば生涯人工透析の
ご厄介となります。遺伝性の場合は別としても、生活習慣が悪くて
病気に倒れ生活保護を受けたり、このまま医療費の増加が続けば
国の財政が悪化して行くのは自明の理でありましょう。

とは言え、いざ病気に遭遇し「生きるのか」「死ぬのか」を選ばな
いとならなくなったら、簡単に「死」を選ぶ事が出来るでしょうか?

健康な人は不健康な人を笑ったり嘆いたりするのかもしれませんが、
医療や福祉の世界は「イザ」と言う時に頼られるものであって欲しい
と私などは思います。人はいずれ老い、病を背負い死んで行きます。
健康な人でも老化による疾病だけは避けようがありません。どんな
局面であっても医療費の補助は必要なのです。

問題は本人の意思とは無関係に「生かされている」事で、多額の医療
費が失われている現実です。そうは言っても、患者が若ければ将来の
回復を願って国に頼るケースもあるでしょう。意思の疎通が難しければ
なおさらです。麻生さんは高齢者の終末医療について述べたのでしょう
が、死生観に関わる事を年齢だけで判断出来るのか難しいところです。

今では尊厳死の考え方が定着して来たせいか、人の終わりに際しては
医師の方からある程度の説明がありますし、遺族もある程度の覚悟と
判断をしなければならなくなりました。無意味に延命して本人を苦しめ
るぐらいなら、少しでも安らかに逝って欲しいと願うのは当然の考えか
と思います。

ところが安楽死を法律で認めていない日本では、一度でも延命措置を
してしまうと、後から解除出来ないと言う大問題があり、この事が後
の終末医療で問題視されて行きます。(延命措置を途中で止めれば、
患者を死なせる事になり殺人罪が適用される為。)

特に胃ろうや人工呼吸器の場合は、延命措置をするかどうかを医師が
家族などに尋ねてくるわけですが、やり取りが不十分でトラブルに至る
ケースがあるそうです。→延命の意思がないのに、人工呼吸器の取り
付け時に説明がなく(ヤフー知恵袋)


もし麻生氏が「さっさと死ねるように」と願うのならば、日本に安楽死
の法律を作らねばなりません。米国オレゴン州の様に手紙で周知する事
になったり、オランダの様に安楽死チームが希望者宅まで訪問するよう
になるのかは別としても、財政上の問題を改善するには安楽死法の整備
が必須です。でも、運用を誤れば自殺の積極的な幇助であり、恣意的に
運用されれば安楽死の名を借りた殺人になりかねません。

自殺者が15年ぶりに3万人を切った日本。生きたくても生きられない人が
いる裏では、死にたくても死なせて貰えない人が大勢いると言う現実。
生きる事も難しい世の中ですが、一朝一夕に死を選ぶ事も、また難しい。

私などは、人工透析の費用を圧縮出来る知恵とか技術に期待をしてしまい
ますが、ジェネリック薬品の様に議論はされないのかと不思議に思ってい
ます。

厚生労働省が公表している資料「後発医薬品の使用促進の為の環境整備
について」を見ますと、ジェネリック薬品は下記の様な問題があるとか。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryou/kouhatu-iyaku/dl/37.pdf

1)発注しても納品に時間がかかる。
2)先発品と違って、血中濃度や効果に違いがあるのではないかと言う疑問。
3)後発医薬品に関してMRからの情報提供が少ない、疑問は先発メーカーへ。

こうした問題は徐々に改善されて来ているそうですが、こうした取り組みを
経てジェネリックへの取り組みも理解される様になって来ました。つまり、
取り組めば一定の成果が得られるわけです。となると、医療用機器や製品
についても同じ事が言えないのだろうかと考えてしまいます。人件費を安易
に削るわけには行かないにしても、枯れた技術や定番化している物について
は一定の軽減策が取られてしかるべきかと感じます。

私が知らないだけで医療の世界ではしっかり対策がされていると信じたいの
ですが、2010年度の国民医療費が前年度比で3.9%増、実に37兆4202億円
と聞くと、どこかに本当の無駄が混じっているのではないかと不安になります。

後発医薬品が占める割合はまだ30%にも達していないそうです。米国や英国、
ドイツの場合は6~7割と高いと言うのに・・・。後発薬の処方を義務付けない
と改善は進まないのかもしれません。

そして、もう一つ無駄と思える事が・・・。

私の知っている事例ですが眼科(緑内障)の治療が挙げられると思います。
月二回の通院、二ヶ月一回の眼底検査、半年に一回の視野検査に加え、処方
される点眼薬・・・いくら保険が効くからと言っても、負担額から想像する
に税金で補填されている額は相当なものでしょう。こうした状況が5年も続い
ています。緑内障の点眼薬も決して安くはありません。医師は眼圧が下がら
ないからと、通院の間隔を長くする事に否定的です。また、地元にある眼科
としては手術も出来る腕の良い先生とのことで、他の病院へ移る事も難しい。
それでも、経過観察を兼ねた治療なのだからもう少し間隔を伸ばせないのか
と疑問に思ってしまうのです。

緑内障は治らない病気だと聞きます。進行を少しでも遅くする為に、眼圧を
下げる処置が欠かせません。その為の点眼薬であり検査なのです。ところが、
長引く通院に嫌気がさして医療機関と縁を切った別の話を見聞きしていると、
今までの治療は何だったのだろうかと不思議に思うのです。

そして、こうした疑問は私だけでありませんでした。

通院している病院が少しおかしいかもと思うようになった(教えて!Watch)

(記事より一部引用)
一番確実なのは他の眼科にかかることだと思いますが、とりあえず緑内
障一般論として、現状で症状が進行する様子がないのでしたら、「2週間
に一回の検査」「年5回の視野検査」は頻度が高すぎると思います。

私は25歳の時に緑内障が発覚し現在37歳ですが、通院は目薬の処方と
眼圧検査で3ヶ月に1回、視野検査と散瞳しての眼底検査は年1回です。
緑内障発覚当初は週1で通っていましたが、点眼によって眼圧が下がった
ことを確認すると月1ぐらいになり、1年後の視野検査で視野欠損の進行
がないことを確認してからは、上記のようなペースになりました。

医師からは、緑内障は進行が遅いため、あまり頻繁に視野検査をしても
意味が無いと言われてます。視野検査の結果を見るときも、最新のものと、
12年前の視野とを見比べて進行していないかチェックしています。1年前
との比較では視野欠損がたとえ進行していたとしても変化が小さくて見付
けにくいから。
(引用ここまで)

上記の質問者様は、転院をして解決したそうです。そして、下記の様な
疑問を残しておられます。

「この町の小さな病院を、公的機関か何かに一回評価してもらうという
制度みたいなものないのでしょうか?国の社会保障費のムダ使いをして
いるような気がします。」

私も同感です。個人の病院だから、医師の機嫌を損ねたくないと多くの
患者さんが尻ごみをしている様子。ましてや、専門家に意見出来るほど
の知識も経験もない人がほとんどです。サカンドオピニオンと言う考え
方も理解は出来ますが、長年通っているお年寄りなどは逃げられなくな
っているのではないかと、逆にこちらが不安になります。

私の街にはたくさんの医療機関があるのに、眼科は二箇所だけ。一箇所
は女医さんですが、診察が雑で評判を落とした事もあり、後から開院した
別の病院へ多くの患者が流れてしまったと言う経緯があります。

財政が厳しいのに現実の改革は中々進まない。麻生氏が担当大臣として
厳しい目を向けるのは理解出来ます。だからこそ、真の無駄は何なのかを
よく知り議論をして、命の選別にならないような方向でお願いしたいもの
です。その為の議論に、もう少し患者ベースの疑問や不満を織り込んで行
ければ、本当の無駄が見えて来る気がします。

(追記)
結局、あの発言は撤回した模様。もともとは個人的な発言として述べたもの
だった様です。

「さっさと死ねるようにしてもらうとか、いろんなことを考えないといけない」

「私は遺書を書いて『そういうことはしてもらう必要はない。さっさと死ぬから』
と書いて渡してある」

「いい加減死にてえなあと思っても、『とにかく生きられますから』なんて生かさ
れたんじゃあ、かなわない。しかも、その金が政府のお金でやってもらっている
なんて思うと、ますます寝覚めが悪い」

「個人的なことを申し上げた。終末期医療のあるべき姿について意見を申し上
げたものではない」

「国民会議という公の場で発言したことは、適当でない面もあった」

と言うのが真相みたいですね。適当ではない発言だったと認めつつも、本来は
自分の身に置き換えての発言だった様です。でも、マスコミは言葉を省略して
報道するから、真意が中々伝わり難いのも確か。これを機会に国民的議論が
活発化し、より良い方向で知恵が出ると良いのですが・・・。
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