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怒りは不安や不満の裏返し

キレる中高年、精神科医が指摘する哀しき理由(ダイヤモンド・オンライン)

(記事より一部引用)
 ごく最近、70歳過ぎの男性がキレる瞬間を見たことがある。夕方のスーパーで、幼稚園の女児が商品棚に隠れ、母親相手に1人でかくれんぼを始めていた。母親は女児に「やめなさい」と小声で叱るのだが、女児はニコニコ笑って遊び続けている。冷静に見て、それほどうるさいという感じではなかったと思う。

 
ところが突然、女児の近くにいた男性が「うるさい。クソガキ!ここは遊ぶ場所じゃない!」と大声で女児に怒鳴ったのだ。母親が女児のもとに急行すると、男性は母親に対しても「前から言おう言おうと思ってたんだ。最近のガキはうるさい。親のしつけもなってない。そもそもな…」と激怒。母親は「すいません」と謝るのみだった。男性はなおも「こんなんじゃ気持ちよく買い物ができないだろ。お前らのせいで、食べ物がおいしくなくなるんだ」などと怒鳴り続けた。


 恐らく店内の別の棚を見ていたのだろう、そこに女児の父親が戻ってきた。見知らぬ男性が妻子を“罵っている”ところを見るや、「やめろ。うちの子どもも悪いけど、あなたの声もでかいですよ。子どもが怯えてますよ」とキレる男性の前に立った。すると男性は急に黙り込み、そのまま店を出て行ってしまった。

(引用ここまで)

そう言えば私がまだ幼かった頃、神社のお祭りに自転車で向かっていた時のことです。混雑していたせいか、私は孫を連れたお爺さんのサンダルの後ろをうっかりタイヤで踏んでしまいました。お爺さんは「なんだお前はっ!!」と烈火のごとく怒り、私もすぐに謝ったのですが許してくれません。尚も説教を食らい、いい加減頭にきた私は、「そんなに怒らなくてもいいじゃないですかっ!」と、これまた理不尽な逆切れをして雑踏の中に消えて行きました。後ろからは「どこの子供かっ!」と言う叫び声が聞こえていましたが、今となっては若気の至りと言う事でお許しください、お爺さん。

さて、キレる若者が問題視されて久しいところですが、ここ数年で目に付くのは年配者(50代以上)のキレ方が半端ないと言う事です。私も気が短いようでしてすぐ顔へ出る性質なのですが、さすがに店員に食ってかかった事はまだありません。(その逆はありますw)

私が気になるのは、50代の大声です。それまで普通に会話していたのに、いきなり声を荒げて見たり拗ねたりする場面を見る事があります。突然に豹変するので、50代特有のスイッチでもあるのかと思ってしまいます。とは言え、すぐに顔に出す私も人の事は言えないのであれなんですが・・・。ただ、生活環境に何らかの不安や不満があると、仕事上のストレスをうまく回避出来ない事は容易に想像がつきます。仕事でも家庭でも逃げ場がないとなると、それを誰かにぶつけたくなるのは分からなくもありません。

ただ、赤の他人に執拗に食い下がっている高齢者の逆切れは度を越していると思うのです。一つの例が身近なところにあります。私の近所には目の見えない高齢者が一人で暮らしていますが、この人が世話をしてくれる民生委員に対して凄く横柄なのです。それが嫌で以前の民生委員は辞めてしまいました。近所付き合いもなく、定期的に病院の車がやって来て連れて行くぐらいです。先日は救急車が来て病院に連れて行きましたが、その後を知る由もありません。何せ警戒心が強く、特定の人以外は関わることが出来ないので近付くことも難しいのですね。生活保護を受けている関係で、家主の人も市営住宅に移って欲しいと言うのですが、本人が一軒家から出たくないと言っているそうです。今も定期的に市役所や民生委員が立ち寄っている様ですが、その実態は不明のまま。ただ、かなりの喫煙者なので、個人的には火災が心配です。

こうした特殊な事例は仕方がありません。外部との交流をほとんど遮断しており、近所の住民ですら信用していない以上は「触らぬ神に祟りなし」でしょう。しかし、精神的に病んでいる人は態度もおかしいのは事実です。普通はお世話になる人に対して、不遜な態度はとりませんからね。むしろ、感謝と礼儀を重視します。業者でもそうです。職人とは丁寧に接し、休憩時間に差し入れをすれば出来上がりも違ってくるものです。特に目に見えない部分での完成度が違うと私は思っています。

話が逸れましたが、中高年がなぜ理不尽なキレ方をするのか気になります。独居の寂しさがそうさせるのかもしれませんし、他人の幸せが妬ましいのかもしれません。冒頭の記事でも分かるように、微笑ましい親子の姿をなぜか憎しみの対象として見ている人がいるのです。心に余裕がないから些細な事でも怒るのでしょうか。自分が寂しいから人に対して無愛想になるのでしょうか。男は趣味に生きると言いますが、仕事から帰って酒を呑んで寝るだけの人生では面白くないですね。でも、その寂しさや不満を怒りとして他人に向けるのは筋が違います。

記事中の精神科医によれば、怒りは幾つかの分類が出来るそうです。

(記事より一部引用)
ブログ「プラセボのレシピ」での情報発信を行う医療法人社団榎本会榎本クリニック池袋の山下悠毅院長は「なぜ、いい年をした中高年がキレるのか。そんな思いの方は少なくないと思います。しかし、私に言わせれば、むしろ中高年だからこそキレるのです」と指摘する。
そもそも怒りをコントロールできないのが“キレる”ということ。その怒りを理解するには、大まかに3つの視点があるという。

(引用ここまで)

一つ目が「怒りは二次感情である」とする点。記事でも示されている様に、「人の心の中には“不安を溜めるバケツ”があり、私たちが日常の中で感じている様々な不安はそのバケツに溜まっていきます。そして、それがいっぱいになったところに別の不安が生じると、ついには不安がそのバケツから溢れ出し、それが「怒り」という二次感情となって出現する」そうです。つまり、別の要素から怒りが生まれて来ると言うわけですね。反射的・反応的な感情を一次感情(楽しい、おいしい、悲しい、驚きなど)と言い、怒りは「不安」を源泉とする二次感情なのだとか。日頃から不安を抱えている人は、些細な事でも許せなくなってしまうのでしょうか。

二つ目が「怒りの理由」です。記事によれば「キレる人の心には、怒っても反撃できない人を見つけると『チャンス!』となり、その相手がミスなどをした瞬間『オレの日常の怒りをぶつけよう!』といった無意識の構造が働いています。それで駅員や窓口の係員、子どもなどにキレるわけです。」「つまり、不安の強い人は、本人の中の無意識が、キレる相手や理由を探しているのです。そして、そうした心の動きについて、人は自分では気がつくことができないのです」とあります。端的に言えば八つ当たりでしょうか。その感情は分からなくもありませんが、度を越せばパワハラですね。

三つ目が「怒りは自己紹介である」という点。こちらも記事にこう書かれています。「他人の遅刻に厳しい人は自分も遅刻魔なんです。後輩の服装に厳しい人は自分が若いときに服装がだらしなく注意されていますし、『空気読め』が口癖の人も同様で、自分はどこか空気を読めていない人だと思っています。」「そもそも『自分は空気を読むことが苦手』というコンプレックスがなければ、空気を読む、読まないということに、意識のアンテナが立たない。そして、そんな人は 空気を読めてない人を見つけて怒ることで、『自分は空気を読めている』と安心したいのです。つまり、駅員さんに『仕事をちゃんとしろ』とキレる人は、『自分は仕事をちゃんとしていない』と心のどこかで思っているのです。」

結局、自分で設定した目標がなく未来を志向出来ない事が一番の要因かもしれませんね。現状から抜け出せない不安や、がんばっているのに報われない事への不満、他人から利用されているのではないかと言う疑心暗鬼など、数えればキリがありませんが、仕事とプライベートをきっちり区別する事も大切なのかもしれません。ただ、役職や立場によってはそうも行かないでしょうが・・・。

普段から逃げ道を作っておく事、自分の人生は相手の物ではないと言う事、そして、ストレスは人に解消して貰うものではないと言う事を自覚しておけば、また違った未来が見えてくるのかもしれませんね。

自戒を込めて・・・。
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